お父さんが仕事で苫小牧に来た。

 

札幌による時間はないそうで、会えなかった。

 

だけど、連絡はとっていた。

 

お父さんは、毎日北海道で見る新鮮な景色を送って来ては、北海道に対する驚きを私に報告した。

 

お父さんが北海道に来た日は、

9月にしてはらもう冬のように寒い日だった。

 

おまけに台風が通過した後、霧もかかったものだから、北海道の澄んだ秋空には恵まれなかった。

 

お父さんは無事業身を終了させて帰った。

 

東京への出発時刻であろう時に、着信があった。

 

出られなかったのでラインに文章が書いてあった。

 

 

 

「よく一年間、北海道で頑張ったな。一年もいれば十分だ。」

 

 

 

私は昔からお父さんに褒めてもらうことがなかったので、

 

人生でこんなに嬉しいことはないと思った。

 

 

お父さんに褒められたくて、

勉強は死ぬほど頑張ったし、家の手伝いも小学校の時からしていた。そろばんも習字も段を取るまでやった。お父さんが習いなさいと行ったから。お父さんは絵も好きだった。なので、アトリエに通わせてもらった。賞をとったら褒めてくれると思って絵を描いた。お父さんは水泳をやっていた。なので、私も習って学年トップになってお父さんに褒めてもらおうと思った。

 

大体のことは、叶ったけれど、お父さんは口下手なので褒めてはくれなかった。

 

就活の時は、もう何も報告しなかった、多分承認欲求が満たされていた。

 

入社を決めた会社の人事部のある社員に、

 

君は、お父さんという偉大な像のもと、

自分はこうあるべきだと抑圧して生きて来た。

こうあるべきだ、から、こうなりたい!という意志の解放、そして君の意志を尊重して自由にさせてくれる上司に会えるといい。

 

 

と言われた。

 

 

そう思って、自分にshouldをかすのを辞めた。楽になった。自由気ままに頑張った。

 

北海道でも。

 

 

なので、ひと段落してまた実家に戻る今、

 

お父さんからの棚からぼたもちのような言葉に半分信じられないが、

このタイミングだからこそか、

 

とても身に染みた。

 

 

 

お父さんも、北海道も、弊社の人事も、北海道で頑張った自分も、

 

全て万歳!\(^o^)/

 

 

 

 

 

久しぶりに

一橋という言葉を聞いてハッとした。

 

トラウマなんてあり得ない、と思っていたけど、

 

心がどくどくした。どきどき。

 

 

お受験偏差値高い学校や院卒が頭いいと思ってないし、理系が文系より頭いいとも思ってないし、

 

その人のバックグラウンドなしで、

この人は頭切れるな、と判断したいから

もはや肩書きなんてどうでもいいんだけど。

 

 

 

まぁ、そういう意味でうちの会社は、

 

いいな。

 

 

偏見持つやつは大嫌いだ。

 

大嫌いという感情を持ってること自体はちょっと危険かもしれない。

何か良くない感情。

 

 

男って大体、女は自分よりバカでいてほしいのではないかと思うと、それも腹ただしい。

 

言葉にはしないけど、内心、下だと安心するんじゃないか。

 

賢い女はバカなふりもできるけど。

 

 

頭がいいなんてアピール、

わざわざするようなやつはたいしたことない。

 

 

 

だめだ、なんか今日はもやもやしてる。

 

 

あの会話が原因で。

 

 

もやもやなんてする必要ないのに。。。

 

 

愚かなわたし。

 

 

 

寂しい

人から愛情を受け取ることに臆病。

 

好意を寄せられると、逃げたくなってしまう。

 

怖くなってしまう、

 

放っておいて大丈夫です、

 

 

そんな優しい言葉、嘘だ。

 

 

次なんてないんだ、

 

 

 

とか、あーだこーだ、ぶつくさ内心呟いて、

 

拒絶してしまう。

 

 

こういう時って、

 

 

大概は、自分のことしか考えてなくて他人が見えてないか、

 

ナイーブでこれ以上傷つきたくなくて、

バリアをはって自己保身しようとしてるとき。

 

そして、自分が嫌いで自信がないとき。

 

なんで、、私なんかにっていう気待ちの極限。

 

 

誰か助けてほしい。

 

 

 

辛い。

 

 

 

私、なにしてんだろ。

 

 

 

居心地いいところを捨てて、

 

 

何かを探して旅に出ようとしてます。

 

 

私の大事なものって、なんだっけ。

 

 

これさえあればいいやってもの、なんだろう。

 

 

この答えを見つけることが、

 

 

30歳までの宿題。

 

 

 

そう、今日3年後のこと、考えた。

 

 

3年後、まだ28だった。

 

 

若い。

 

 

先を気にしすぎて、あーだこーだ詰め込めとね、

いくら2-3週間、旅程があったって、一つの都市にいるのは1.2日間だけだったりする。

 

 

そのぶん、色々なところを観れる。

 

 

私は、したいことをリストアップして、日数を逆算して、とにかく詰め込む人だったから、

 

忙しい旅になった。

 

 

ただ、ゆっくりする。ができなかった。

 

きっと私の3年もそんな感じなんだろう。

 

 

28になったら一度、

 

 

また大きな旅行をしよう。

 

 

そしてもう少し頑張って、

 

30で子どもを産みたい。

 

 

あ、また計画をたててしまった。

 

 

 

 

いいんだか、悪いんだか。

 

 

 

あの時からしたら信じられない

私は1年前、

 

いや、正確に言うと1年3ヶ月前、

 

彼が好きだった。

 

大学4年の時、彼氏と別れて、

 

別れた瞬間、

 

ミャンマースリランカに一人旅に行った。笑

 

 

別れて孤独になった、

 

よく言えば、いろーんなものから解放された心と体で、

 

本能的に、

 

 

あ、行かなきゃ。って自然に、決定した。

 

 

そんな心境で過ごした学生最後の一人旅は、

 

とってもたのしかった。

 

ちょうど新卒で入ったのが今の会社で、その楽しさをわかちあったのが彼だった。

 

 

彼とはたまたま今同じ配属で仕事をしていて、

 

 

 

彼と来週、ミャンマーとインドについて、深く語り合う会を開く。

 

 

昔、大学4年時、

 

彼はインドに、

私はミャンマーにいて、

 

 

今、社会人2年目、

 

彼はミャンマーに、

私はインドに

 

いってきた。

 

 

 

私にとって、彼と話すことはとても幸せ。

 

 

あんまり言葉はいらないのだけど。

 

 

昔は、私の一方的な好意で、全然相手にしてもらえなかったので、

その時の私からしたら、

意味不明に嬉しい展開だろうな。

 

相手から、飲みに行こうなんて、

言う日がくるなんてなぁ。

 

 

まぁ、好き、って別にlikeでもloveでもない。

恋愛じゃない。

 

でも、なんだろう、

 

 

いつも輝いていてほしい存在。

 

お互いが輝いていることを楽しめる存在。

 

お互いの将来が楽しみな存在。

 

理解し合える存在。

 

理解しているし、信じている、という存在。

 

もしワンピースの登場人物だったら、

 

一緒に旅したい、そんな存在。笑

 

 

 

ああ、最後が一番わかりやすいかもな。しっくりきた。

 

どうか、24日、悔いのない最後の楽しい会になりますように。

 

 

 

 

ショックで息を飲んだこと

今日、ショックで息を飲んだ。

 

ショックというか、正確に言うと、驚いた。

 

私がCLにお渡しする書類を一箇所間違えた。

 

そしたら、

もうここに心はないんですか。だから、間違えたんですか。

 

と、CLに言われた。

 

そんなことないよ。。。

 

確かに、切羽詰まってはいるけど。

 

ごめんなさい。

 

優しくて信頼し合ってた方だったから、

びっくりしてしまったのでした。

 

 

反省します。

 

 

 

お金の価値は人によって

お金の価値は人によって違うと思う、という話。

 

だからなんだって言うと、

発展途上国や、東南アジアやその他アジアなど、自分たちより賃金が低い国で、異様に値段交渉するのはどうかなと言う話。

 

オートリキシャの人の月収や年収を考えると、

50Rsは、1日のご飯代くらいじゃん。

 

でも、私にとって、というか日本人にとって、50Rsなんて、100円だよ。ペットボトルのジュース一本。

 

私がローカルの人よりも多く払う50Rsなんて、どってことないのに、

日本人は、ふっかけられた!って騒いで必死にねぎるじゃん。

 

確かに相場の10倍とかは払わないよ

さすがに。

 

いやいや、あんたはトラベラーやぞって。

 

確かにインドに若干のお金は払ってるけど、

インドの航空会社も乗ってなければ、国税も払ってないのに、なんでローカルと同じ恩恵受けようとしてるのか謎。

 

素晴らしいインド旅行をありがとう、くらいの気持ちで、ちょっとくらい払おうや。

 

 

Point of no return

Point of no return

事態の命運はどこで分けられたか、という意味。

 

 

インドひとり旅、色々多分、危険なことはあったはず。
今回は無事で帰ってきたけど。
この人といるとやばいかなっていう場面あった。

誰もいない、何もない、助けが呼べない。この人しかいない。なんか変なこと言い出した。

触ってきた。気持ちわるい、とか。

待ち伏せしようとしてる人とか。

まだ日の出前の暗いうちの移動中の頭おかしいオートリキシャの男とか。

 

 

あの時、こうしてたらこうなっていたかも、と思う瞬間がたくさんあって、後から急に怖くなってしまい、

インドの事件について、帰路に調べ始めた。
トランジットの仁川空港のサクサクワイファイを使って。笑

行きは、調べないようにしていた。
インドを嫌いになりたくないし、ハイになってたし、楽しみを消したくなかった。
「楽しむテンション」と「安全を重んじる理性の保険」とは、質量保存の法則で、二者択一なので。

 

うん、調べて見たら、
結構、やばかった。
私ここにいたのか。

特に、、デリーとバラナシ。


デリーは、レイプされて殺されたケースが多いね。まぁデリーだからというより、やっぱり一番の大都市だから、発生件数が多いしニュースになりやすいのかね。

しかしね、バラナシね、これは一癖あるね。なんでかって、あそこ結構田舎なのね、んでもって、もう本当に雑多なわけ。
小さい道やら路地やらにギッシギシに家やら寺やら商店やらが建ってる。だから、多分路地で何が起きてもわからん。
そして、ガンガーね。
殺しても流しちゃえば、簡単に、なかったことにできる。

ちなみに、火葬場の独特な雰囲気もすごいけど、そこにいるひとの目はたまにいっちゃってる。全体的に目が怖い。
後よそ者への敵意がすごい。
私はチャイニーズ!コリア!って家の上から何度も叫ばれて怖かった。笑

私、一度、白い粉を、ある男が数人の手に乗せてる所見て、
さっさっと、ふりかけみたいに。笑
ちょっと大きめの葉っぱとかも入ってて。

うわ!っと思って、走ってそのゲードから去ったことがあった。
あれは薬だったかな。

ネパールから来た人が、火葬場で働いてて、僕はここが大好きだ!っていってたのもちょっと意味不明だったし。まじかよ。って。

アッシーゲートという一番はじっこのゲードの宿にいたんだけど、そこもやばかったな。
本当に、物乞いの数の異常さ。
そして何故か警察、ずっといるのね。
変な木の棒が横になって、横断歩道の踏切みたいになってるんだけど、あの棒も意味わからんし、なんの規制?

とりあえず、アウトローが住み着いている可能性はあり。
日本人もそうだけど、たくさんの旅行者が毎年毎年命を落とす。失踪者になる。

警察はあの感じじゃ機能しないだろうなぁ。


私は、バラナシに感銘は受けたが、
正直長居するまでじゃないなと思ったので2日で去った。