ムンバイのおじさんの話
私はその日、ドビーゲートを見たいと思った。その後、ムンバイの空港から見てもっと南の、インド門などがあるところに行く予定を立てた。
雨は若干強く降っていたが、いずれやむだろうと思って軽い気持ちで出かけた。
しかし、ドビーゲートの駅に着き、さぁ歩こうと駅を出た時にはもう土砂降りになり、傘はまったく意味をなさず、
まっすぐ歩けない状態だった。
見るために10秒も立ち止まってないと思う。
しかし、もうだめだ、と思い写真だけ2枚とった。
外にいたら何かがまずい気がして、さっさと帰ろうと駅に戻った。
駅には水が人の踵の部分まで侵食して、泥水を歩く決意が必要だった。
帰ろうと思い列車に乗った。
すると、数駅はしったところで、鉄道が止まった。電気は消えたりついたりしていた。
現地の人は、はぁ、といったような顔で最初はじっとしていた。
次第に、喋り出した。
そして、立ち上がって電車の外をみ始めた。
私も身を乗り出してドアから外を見た。
2メートル下に線路が見える。
そして、男性が数十人か、そこを歩いていた。
それを見て、なるほど、もう当分動かないのかもしれない、と察した。
次々に、飛び降りる女性たち。
いかにもアクティブそうな女性が意を決して飛び降りた。結構な高さ。。
怖い。
躊躇う老人もいた。
昔テレビで見た、崖から身投げする戦時中のひとコマを思い出した。そんな悲壮感があった。
もう動かないんだろうな。
このまま夜になるのは怖い。
怖かったが、決意して私も飛び降りた。
いて!!
その日は雨だったので運動靴がぐちゃぐちゃになるのが嫌で、ビーサンだった。
着地時に激痛が走った。指もなんだかもげた。血が出てる。。水で菌が入りそうだな、そん不安が頭をよぎったけれど、今だけは、
歩くしかない。
とにかく、帰らなきゃ。
泥水もゴミ道も、脇目もふらず歩いた。
痛い、寒い、臭い、疲れた。
やっと、駅に出た!
よし、あとは、オートリキシャをつかまえて、ホテルまで。。
しかし、この考え方があまかった。
一台たりともオートリキシャは止まらない。
タクシーはくるが他の人の予約車なのか、いれてくれない。
一応、とまってくれるタクシーもいた。
行き先は言うが、首を横に振って去っていく。どんどん人が路上に増えて来た。
道端に立ち、いっせいに車にたかり、我こそはと交渉をする。
そんな中はいっても私はまったく乗せてもらえない。
誰か、、そうだ、誰かによんでもらおう。
近くの商店のおじさんに頼んだ。奇跡的に英語は通じた。
しかし、あそこにいっぱいいるじゃないか。あそこに行くんだ、という。
だけど、止まってくれないんだよ、といっても、もうそれ以上取り合ってもらえない。
はぁ、もうだめかも。
もう30分はここにいるかな。
気付いたら、全身水を浴びている状態で、衣類が肌にぺっとりくっついていた。髪ももちろん。傘はもうさしてもさしてなくても、同じじゃないか。
インド社会で生きるとは、いや、他国民が異国で生活すると言うのは、
こうも大変なのか。
私のいとこは、トヨタのムンバイ支店でよく頑張っているんだなぁと感じた。
悔しさともどかしさで自然に涙が出た。
大丈夫。
いや、無理かもしれない。
そんな強気と甘えのジレンマの淵で突っ立っていた。
ただ雨を浴びていた。
泣いていてもわからないくらいの雨が顔に当たった。
そんな時。
白いひげのおじさんがこちらにきて、
どうしたんだ?といってきた。
帰りたいんだ、といった。
おじさんは、ちょっとこっちへおいでと、手招きした。
動転していたのと、警戒していたのもあって
手招きするおじさんを睨んでしまっていた。
彼は、いいからこっちへ、といった。
どこに行きたいんだ、というから、地図を見せた。
おじさんは、なるほど、という顔をして頷いた。
椅子に座らせてくれた。
椅子に座った瞬間、涙が出て、大泣きしてしまった。
子どもみたいに泣いた。
不安と疲れと安心で泣きじゃくった。
おじさんはビックリしたが、私の心を察してくれたのか、don't cry!!!!と笑っていた。
しばらくすると、彼の仲間も集まってきた。
おじさんは私の事情を説明してるようだった。皆私に、コリア?ジャパン?と聞いたり、何か飲むか?と声をかけてくれた。
おじさんは外に出た。
私のためにオートリキシャの交渉を始めた。
娘をよんできて、ワンピースをかしてくれた。これを着なさいと。
次にバンダナをもってきてわたしの頭に巻いた。雨が降ってるからね、と。
暖かいコーヒーもくれた。
笑って!といった。
また、電車から飛び降りる時にわってしまった爪と、そこからでる血を見て、絆創膏をはってくれた。
ビニールを引っ張り出して、携帯をしまうようにいった。
何分かたった。おじさんが何度も泣かないでというなら、無理して笑っているうちに安心してきた。
おじさんのオートリキシャの交渉がうまくいってないのは、遠くから座って見てるだけでもわかった。
また数分した。
おじさんはカッパをきはじめ、バイクを出した。
どうやら、おじさんがバイクで私を連れてってくれるということらしい。
なんと申し訳ない。。。
優しかった人たちにバイバイして私はバイクにのった。
これは、もし無事についても私はいくら渡せばいいのだろう。。でも、大丈夫。まだお金はある。それに、この人は変なとこに連れてかないよね。。
色んな不安があったが、不安を押し込めて、前向きにだけ考えた。
バイクは暴風で何度も進めずとまった。
顔と身体にあたる雨は痛かった。
低体温で意識が飛ぶほど寒かった。
灼熱のインドはこうも豹変するのか。
ひしめき合い我こそはと前に出る車の間で足が飛ぶかと思った。
それでもおじさんは一生懸命運転してくれた。
途中、バイクの店にとまった。
どうやら、道を聞いているみたいだった。
何度か聞いて、やっと私も知ってる景色が見えて来た。嬉しかった。
あ、あのガネーシャの建物だ!そう、この売店の右だ!
おじさんと、無事につくことができた。
ありがとう。。。お礼を言うしかできなかった。もう2人とも疲れ切っていた。
おじさんはホテルのフロントで私の事情を説明していた。
おじさん、ありがとう。
おじさんはそのまま帰ろうとするので、思わず、待って!とお金を渡した。
2000Rs
インドで一番大きい紙幣。
日本円にしたら1000円程だけど、100Rsでお腹いっぱいカレーが食べられるインドではもっと価値があると思った。
おじさんは、ひどく驚いていた。
そして、
違うよ。君が安全にここにいるだけでいいんだよ!といった。
私は、驚いてしまった。え。。でも。
でも、これくらいしか、できないから。
受け取って欲しかった。
受け取ってはくれた。
だけど、なんだろう。
空虚だった。
私はインドの言葉もろくにしゃべれず、おじさんの純粋な善意に、お金を出すことしかできないんだ。
おじさんにどうやったら私の気持ちが伝わるかわかなかった。
でも、そのあと、お金は一応受け取ってくれた。
またねといってホテルを出た。
私は寒かったので、すぐに部屋に入って、シャワーを浴びた。
ホテルのオーナーは、私を心配して、
大丈夫?今ホットシャワーを出すね、といった。ありがとう。
後から、さっき見たティシャツを見たら、
茶色いバックの色がしみて、茶色いに着色してしまっていた。
ノートも全て茶色くなってしまった。
携帯などは問題なかった。
乾いてしまえば今日の苦労など忘れてしまうのだろうか。バックは捨てたが、おじさんがくれたワンピースはいつか着ようと思って、とりあえず乾かすことにした。
雨は辛かったし、もう二度とムンバイのモンスーンをなめたりしないけど、
今日、私はインドが好きになった。
国が違くても、助け合えるし、
おじさんは、皆兄弟だといった。
そうか、怖がることなんてなかった。
いつも、目の前の人、向き合う人には敬意と愛を。
おじさんがしてくれたように、
外国人に、私もよくしないと!
積極的に、手助けしよう。
May I help you?を使いまくろう。